
久保 治輔
(く
ぼ じすけ)
自然科学:
自然科学で得られた知識は、我々人類の文化遺産です。ギリシャ時代に生ま
れた自然科学は、数えきれないほど多くの人々によって育てられ進歩してきました。我々は、「この自然科学の長い歴史を無視することはできません」という意
味で、伝統を深く重んずる保守的な集まりです。一方、我々は、地球上の生物で唯一人間が持つ能力 「創造力」 をフルに発揮し、自然科学の進歩に貢献する
ために限界に挑戦しているという点で革新的です。この保守と革新が戦いながら共存し、未来を築き上げていく領域、僕は好きです。
物理屋の誇り:
20世紀前半に生まれた相対性理論と量子力学は知的革命です。最も過激な知的革命です。それは、人間が原理的に経験する
ことができない自然界(我々の言葉で記述することが原理的に不可能である極端にミクロやマクロの世界)を支配している自然法則を、人間によって発見するこ
とが可能であると実証されたからです。この知的大革命、特に量子力学の誕生なしでは、現在の科学技術はありえません。我々物理屋は皆、このような大仕事を
成し遂げた大先輩がいることを、常に誇りに思っています。
素粒子の標準理論:
素粒子物理学は、20世紀の半ばごろに生まれました。それ以来、「物質とは何か」と問い続け、自然法則の究極的形を見つ
けたいという本能的欲求を原動力とし、素粒子物理学の研究が推し進められてきました。そして到達したのが「素粒子の標準理論」です。この理論は、ゲージ対
称性という高度の対称性に基づいて作られていて、現在までに知られている4つの基本的相互作用(重力の相互作用、電磁相互作用、強い相互作用,弱い相互作
用)の内、重力の相互作用を除く3つの相互作用を記述する理論です。素粒子の標準理論の実験的検証が進むなか、何人もの物理屋がノーベル賞を受賞しまし
た。ちなみに、2004年の受賞者は、H. David Politzer氏、 Frank Wilczek氏とDavid J. Gross氏 です。彼らは、非可換ゲージ理論の漸近自由性を証明しました。
超対称性:
素粒子屋は、素粒子論の理想像を持っています。女性が男性の理想像を持ったり、男性が女性の理想像持ったりするのと似て
います。しかし、素粒子の標準理論は、可哀想なことに、多くの素粒子屋にとって理想的ではありません。特に可哀想なのが、ヒッグス粒子です。ヒッグス粒子
は、標準理論の予測する1つの粒子ですが、まだ見つかっていません。実験グループは、この粒子を必死になって探しています。彼らは、数年以内に発見される
だろうと予測しています。でも、実験屋が必死になって探しているにもかかわらず、ヒッグス粒子は、標準理論の「美しさ」を汚すということで、皆から嫌われ
てる可哀想な粒子です。理論屋は、ヒッグス粒子の不備なところを補うために、試行錯誤してきました。その中で最も有望になってきたのが、超対称性による治
療です。もし超対称性が厳密に成立していると、すべての知られている素粒子に同じ質量を持ったパートナーがいることになります。しかし、そのようなパート
ナーは発見されていませんし、もし存在していたとしても、同じ質量ではありえません。。従って、超対称性は、ヒッグス粒子の不備なところを補う一方で、同
じ質量を持ったパートナーが存在しないように、「破れて」いる必要があります。果たして、超対称性を破る機構は
何なのでしょう?これまでに、様々なアイディアが出されましたし、これからもどんどん出てくるでしょう。本
当に、(少しだけ破れた)超対称性が、自然界に実現されているのでしょうか?超対称性を実験屋達が検証する日は、刻々と迫っています。
ニュートリノの質量:
素粒子の標準理論を構成する素粒子の1つに、ニュートリノがあります。標準理論の枠組みでは、ニュートリノは質量を持つ
ことができません。しかし、ニュートリノに質量があるだろうということは、以前から考えられていました。例えば、太陽から地球に届くニュートリノの数は、
ニーウトリノに質量がないと、説明しがたいものでした。果たして、最近神岡でなされたニュートリノの実験から、ニュートリノにはほんの少しだけ質量がある
ことが検証されたのです。宇宙ニュートリノの検出にパイオニア的貢献をした小柴昌俊氏とRaymond Davis
Jr.氏がノーベル物理学賞を受賞した後も、ニュ−トリノ物理の研究は前にも増して勢力的にされています。な
ぜ、ニュートリノにはほんの少しだけ質量があるのでしょう?ま
だ、誰も正確に答えることができません。また、3つのニュ
ートリノは移り変わること(ニュートリノ振
動)ができます。驚くことに、この移り変わる確率は、クォーク間のそれよりとても大きい
のです。なぜなんでしょう?背後に何か対称性(フレーバー対称性)
があり、これを説明できるのしょうか?
統一理論:
初めから自然界には4つの基本的相互作用があることが分かっていたわけではありません。物理学が進歩する過程で、様々な
自然現象を統一的に理解しようとする試みの帰結として、この4つの基本的相互作用に辿りついたのです。例えば、携帯電話をつないでいる電磁波も、レントゲ
ン写真を撮る時に使うレントゲン線も、我々の目に入ってくる光も、皆「同じもの」なのです。或いは、我々が倒れないで地上にいられるのも、毛利さんがシャ
トルに乗って地球を回ることができるのも、「同じ理由」なのです。果たして、残りの4つの基本的相互作用を、統一的に理解することができるのでしょうか?
素粒子屋は、当然可能だと信じています。この試みは、20年以上前から成されていますが、実験的裏付けに乏しいのが現状です。しかし、神岡に備え付けられた巨大な水槽の中で、陽子が崩壊したときに出る信号がキャッチされれば、統一理論の検証は
目の前です。ひょっとしたら、明日かも知れません。
素粒子と宇宙:
重力以外の3つの相互作用を統一するのは、比較的易しいことです。幸い、重力は、他の相互作用に比べると無視できるくら
い弱いので、重力を無視した統一理論を考えることには意味があります。重力はエネルギーとエネルギーとの間の相互作用で、その大きさは、エネルギーが大き
くなればなるほど大きくなります。ですから、粒子のエネルギーをどんどん増やしていくと、いつか重力を無視できなくなってしまいます。勿論、実験室でその
ような巨大なエネルギーを持った素粒子を作れませんが、宇宙が生まれた時、素粒子達はそのようなエネルギーを持っていたと考えられます。重力の相互作用が強くなると、何が起こるのでしょう。まだ、誰も正確に答えられません。80年代中ごろに提唱され、も
のすごい意気込みで研究されてきた「超対称弦理論」は、4つの相互作用を統一するばかりではなく、強い重力
を理解しようとする1つの有力な試みです。本当に、物質の究極的姿は、粒子ではなく、弦なのでしょうか?まだ、誰も答えることができません。しかし、これ
だけは事実です。宇宙の開闢(かいびゃく)、宇宙の初期を、素粒子の理論と切り離して理解す
ることはできません。
標準理論を超えて:
結局、標準理論を如何にして乗り越えるかが、21世紀の課題です。ニュートリノに質量があることが明らかになった今、標
準理論は絶対に拡張されなけばなりません。今は、夜明け前の暗闇に太陽の日差しがほんの少しだけ照っているような状況です。夜明けは、待っていてもやって
来ません。我々素粒子屋が、夜明けを起こすのです。僕は、この夜明けを起こす作業に少しでも貢献でき、夜明
けをこの目でみることができれば幸せです。標準理論を乗り越え、素粒子物理学に新しい章を開くには、若い力が必要です。
久保治輔 (くぼじすけ)に関する情報
連絡先・住所
金沢大学理学部物理学科理論物理学講座
〒920−1191 金沢市角間町
Tel.: 076-264-5678, Fax.: 076-264-5741
E-mail: jik@hep.s.kanazawa-u.ac.jp
学歴・職歴
1973年 3月 石川高等専門学校 電気工学科卒業
1979年10月 ドルトムント大学(ドイツ) 物理学科DIPOLM課程修了
1982年12月 ドルトムント大学物理学科 理学博士
(Dr. rer. nat.)
1983年 1月 ドルトムント大学物理学科 助手
1984年 1月 ミュンヘン・マックス・プランク物理学研究所 客員研究員
1985年 9月 ニューヨーク州立ストニ−ブルック大学理論物理学研究所 客員研究員
1987年 9月 ミュンヘン・マックス・プランク物理学研究所 研究員
1988年11月 金沢大学教養部物理教室 助教授
1996年 4月 金沢大学理学部物理学科 助教授
1997年 7月 金沢大学理学部物理学科 教授
担当講義(2005年度)
前期:
・解析力学 (2年生)
・量子力学 (3年生)
・場の量子論 (修士1年生)
後期:
・物理学ゼニナール(少人数ゼミ) (1年生)
・場の量子論 (修士1年生)
研究内容
・素粒子の標準理論の拡張に関する研究
・大統一理論
・超対称性理論
・ニュートリノの質量とフレーバー対称性に関する研究
・フレーバー対称性
・高次元の場の理論
発表論文
こ
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科学研究費
・基盤研究(C)「Kaluza-Klein理論(高次元場の理論)の量子論に関する研究」
・特定領域研究(B) 「数値的手法にもとづいたゲージ理論の非摂動的効果の解明」
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その他
京都大学基礎物理学研
究所
KEK(高エネルギー加
速器研究機構
)
SUPER
KAMIOKANDE (神岡宇宙素粒子研究施設)
MPI (Max-Planck-Institut für
Physik, München)
CERN
(European
Organization for Nuclear Research)
DESY
(Deutsche Elektronen-Synchrotron)
FERMILAB(Fermi
National
Accelerator Laboratory)
SLAC
(Stanford
Linear Accelerator Center)