日常生活

教員編

基本的な仕事としては、講義をする、研究をする、というものがあります。その他、役職によっては学内の様々な業務を担当したり、それに付随した会議に出席する、などがあります。講義をすることは、ある程度想像がつくのではないかと思いますが、一方で、研究する、という仕事には色々な活動があります。一人で論文を読み、計算をする、というのもあれば、研究室内の共同研究者と共に議論をする、ということもあります。共同研究者の中には学生も含まれます。学生に対して教員は「指導」をするという言い方が一般的かもしれませんが、私たちの分野では学生も教員も対等な立場で物理の議論をするというのが基本になっています。(例えばそれを表す例として、論文の著者の順序があります。多くの分野では、その論文で重要な働きをした人順に著者名が並ぶ、つまり筆頭著者がその論文の中で最も重要な働きを担っていることを示すのですが、私たちの分野では著者名はすべてアルファベット順です。つまり論文に記載されている著者名の順序は全く関係なく、すべてが対等です。)また、共同研究者は同じ研究室内に関わらず、日本国内、国外に広がっています。したがって共同研究者のもとへ議論をしに出張に行くことも多いです。論文が完成すれば、その成果を発表するために会議や研究会へ参加します。そこで他の様々な分野の研究者と意見交換をし、その中でまた新しい研究テーマが見つかればそこからまたスタートする、という感じです。

日々の研究スタイルは人によって実に様々です。裁量労働制なので、必ずしも決まった勤務時間があるわけではなく、そのため生活には自由度が大きいです。朝型の人もいれば、夜も遅くまで研究室に残っている人もいます。こんな例もあります。アルバート・アインシュタイン氏がプリンストン高等研究所にいた頃の様子を書いた記述です。

"(中略) 研究所に通うのにこの老先生は決して自動車に乗らないとか、研究所で決してエレヴェーターにのらないとか、そういう話をセクレタリがしてくれた。一マイルに近い路を彼はテクテクと研究所まであるく。この路はよく手入れした芝生のつづいた、かしやメープルの森であって、この老物理学者の歩むのにふさわしい静かな美しい路である。 (中略) 雨のふる日、研究所の若い物理学者が、自動車で出勤するとき、ぬれながら歩く彼を見かけて、どうです、おのりになりませんかと車をとめたら、いやありがとう、私はあるく、と答えたという話である。天気のよい日曜日、この老先生がパイプをくわえながら散歩をしているのに時々会った。あいさつをすると、うれしそうににこにこしながら片手をあげて会しゃくされる。怠け者の私が、午後一時ごろ出勤するときは、丁度この先生の退出の時間である。"
(朝永振一郎著『科学者の自由な楽園』より)

また、同じく朝永振一郎著『科学者の自由な楽園』にはこんな記述もあります。

"人間にとって、形式的な義務がないということが、かえってどんなに能率をたかめるかというい、一つの実験みたいなものである。

勤務時間の制限などというものはない。仁科先生ご自身が、のちにはそうは暇もなくなったが、最初のころは、昼間お目にかかるにはテニスコートへ行った方が可能性が大きいと言われた伝説?まであって、いったいいつ研究をやっておられるのかわからない。

月給はくれるが、義務はない。いや、義務はなにもないのに、月給はちゃんとくれるといった方がよいだろう。義務がないということはまことによいことである。というと、怠け者の言にきこえるかもしれないが、本当はかえってこれほど研究に対する義務感を起こさせ、研究意欲を煽るものはないのである。

不思議なことだが、まあとにかく研究しろと、なにもいわずに月給だけをいただいてみると、別に何時から何時まで出勤しろといわれるわけでもないのに、良心が黙っていられなくなるのである。勤務評定などもちろんないから、朝ねぼうも自由だが、うちへ帰って晩めしをたべたあと、また出勤して夜中まで仕事をするなど、夜とひると逆になっている御仁も多かった。

なまじ、たとえば何時から何時まで会議に出ろとか、かくかくの書類をつくれ、などという義務があると、そういう形式的な義務を果たしただけで、自分の義務は全部済んだという気分になってしまう。そこで良心が安心してしまうというわけで、さらに新しい意欲は湧かない。

人間とはそういうものである。研究をさせるためには、だから良心を安心させてはいけない。安心させないためには、そういう口実を与えてはならないといういことである。研究以外になんの義務や規則を付加しないという点では、理研の行き方はなかなか徹底したものであった。"
(朝永振一郎著『科学者の自由な楽園』より)

アインシュタイン氏も朝永氏も理論物理学者で、当時の彼らの研究環境は現在の私たちの研究環境に近いものがあります。ただ昔と違い、インターネットの発達によって、情報のやり取りが世界中どこにいても瞬時に可能となり、その結果、研究にスピードが求められるようになってきたことは事実だと思います。さらに、短期的な結果が重視され、目に見えるような成果が評価されるようになりつつあります。『科学者の自由な楽園』に書かれていることを単に「昔の話、今に通用しない」と言い放つこともできます。しかし彼ら先人たちの言葉を見ていると、科学とは何か、豊かさ・幸せとは何かを、科学者もそうでない人も、今一度立ち止まって、みなで考えるべき時期なのかもしれません。

学生編

学生の日々の生活も教員以上に、人によって様々です。健康的な生活習慣の人もいれば、そうでない人もいます。研究室に常に居る人もいれば、常にいない?人もいます。もちろん肝心な時(発表、提出、ゼミなど)にいないと進級(卒業)はできませんが、基本的には自由です。

研究室のメンバーはスタッフと学生合わせて30人程度で、他と比べて大規模な研究室だと思います。学生部屋は3つの部屋に分かれていて、研究室の新人ガイダンス日に空いてる席から自分の好きな席を選びます。

学会等で発表する際の旅費は、研究室や大学のプログラムなどによって補助してもらえるため、比較的充実していると言っていい思います。また、個人のデスクや本棚、パソコン、レポート用紙やペンなどの文房具、コピー機、専用図書館もあるため、研究に集中できる環境となっています。

研究以外の行事もたくさんあります。(春の新歓(お花見)や遠足、夏のビアパーティ、秋のさんまパーティ、12月の忘年会、2月の追い出しコンパ等々。)天気の良い土曜日にテニスをしている人たちもいます。

次に、各学年での日々の生活について説明します。

学部4年

前期では経路積分ゼミや素粒子論ゼミ、他にもいくつか授業をとって、研究するための基礎を身につけていきます。それと並行して、前期の途中から卒論のテーマ決めなどが始まります。いきなり自分で卒論のテーマを決めろと言われてもできない人がほとんどなので、大体の人は過去の卒論を参考にしたり、先輩やスタッフに相談して決めます。

後期では授業もゼミもなく、卒論にひたすら集中することができます。多くの人にとってはたった一つの事だけに集中するのは初めての経験になるのではないでしょうか。毎日学校にくる人もいれば、まったく学校に来ない人もいたり、各々のペースで研究を進めていきます。年度によっては週に1回の進捗報告があります。12月に中間発表、2月に本番の発表があるので、それには間に合うように計画的に研究します。

修士1年(M1)

M1では場の理論や素粒子論のゼミを行い、4年前期のように基礎を身につけます。他にも、理論物理学や集中講義などの授業があり、好きな授業をとって卒業単位に加えることもできますが、1週間のほとんどをゼミの準備に費やすことになります。他の学年と比べると勉強する時間がたくさんあり、自分の興味がある分野を見つける良い機会でもあります。 また、M1からは研究室の運営のいくつかを任されます。特に、年間行事に書かれている忘年会などのイベントは全てM1が幹事を務めることになります。準備は少し大変ですが、団結して研究室の重要な行事の一端を担うことで、同期との仲が深まり、4年生の時にはなかった”研究室の主役感”が出てきます。

修士2年(M2)

授業は基本的には無く、修論に集中します。基本的な流れは年度初めに指導教員につき、夏に中間発表をして、冬に修論を提出します。秋には、昼食会で論文紹介を任されます。4年生の卒論の時と比べて、就活さえなければ、ほぼまるまる1年修論の研究をする期間となります。このあたりで研究の面白さに目覚める人もいるとか。。。

ー 修論に関して ー

まずM2の最初で指導教員につき、テーマはそのあと決めます。もちろん早めに決めておいた方がいいですが。その後、各自でゼミを自主的に行ったり、指導教員に協力してもらったりして、修論を作り上げていくことになります。様々な分野の人がいるので、色々な人と議論をするのは楽しいです。他のM2の研究を聞くのも楽しいものです。

この文章の著者の一人であるM2の個人的な1日のスケジュールは、昼頃に来て、夜の9時半ごろに帰ります。その間は真面目に研究したり、議論をしたり、ご飯を食べたりです。コアタイムがないので、自由に研究ができます。ちゃんと帰って家で寝ないと効率が悪いので、基本的には徹夜はせずにみんな帰っています。

修士で卒業する人はM1の後半からM2の最初にかけて就活をすることになります。M1のゼミが終われば就活をする時間を十分に取ることができます。

博士課程(D1〜D3)

修士までの研究では物足りない、まだまだ研究したいという人が博士課程に進学します。工学系の研究室と比べて予備知識の勉強に時間をかけるため、研究活動が本格化し、国際会議などで発表し始めるのも博士課程からが多いです。基本的にはM2の日常と変わりませんが、発表したり論文を書いたり研究会に参加したりしているうちに、あっという間に時間が経っていきます。また、研究室会議にも参加するようになり、研究室の一員として様々な仕事を任されます(セミナー係、昼食会係、サーバーやネットワークの管理、さらには国際会議や研究会の準備等々)。そしてD3では、博士論文の作成を行い、最後に博士論文公聴会をして卒業になります。卒業後の進路は、ポスドクになる人や、企業に就職する人など、人によって様々です。

ー 理論物理の研究室で得られるもの&卒業後の将来について ー

研究室を選ぶときに、理論物理の研究室は就活に不利なのではないかと聞くことがよくあります。ですが、上辺の”コミュ力”だけを必要とする、あるいは”即戦力”ばかりを求める企業を除けば、面接で「理論の研究がやりたい」とか言わない限り、不利になることはないように思います。どの研究室を出たかは関係なく、会社の求めるものに柔軟に対応できて、意思疎通の取れる人であれば問題ないはずです。現に卒業生の進路・メッセージにもあるように、卒業生たちが様々な企業で活躍しています。

理論物理を学ぶということは強力な武器になると思います。例えば、メーカーに就職して開発や実験をするにしても、物理や数式に詳しくてやっているのと、なんだかよく分からない誰かが編み出した理論式を信じて実験するのとでは、モチベーションに差が出るのではないでしょうか。優秀なエンジニアは物理を理解し、自分で数式を扱える人ばかりだと思います。(電子工学の有名な先生も「やっぱり、数学ができればどこに行っても通用するよな。」とおっしゃっていました。)知らない知識を勉強して分かるようになるまでのスピードが他の人と比べて早いというのも理論をやってきた人の長所です。いざ理論的な基礎知識が必要になった時、技術しか学んでいない人が基礎に立ち帰って勉強し直すのは大変ですが、基礎を学んだ人が技術を勉強するのは比較的容易です。利益を追求されない学生のうちに基礎を固めておくことは大切だと思います。しかも、技術というのは日進月歩でいつか使い物にならなくなってしまうものもありますが、物理の知識は陳腐化することがないため、この宇宙にいる限り安心です(笑)。求められる技術は企業ごとに違うわけですから、そういったことは入社後の研修で習得しましょう。

さらに、研究室ではたくさん議論をするため、自分の考えを論理的に相手に伝える力が身につきます。また、数値計算でコードを書いたり、研究室のサーバー管理などもするため、コンピューターにも詳しくなります。他にも、論文を書いたり、国際会議で発表をすることで英語の力もつきます。本人の努力次第で、様々な能力を身につけることができます。