研究室紹介へ戻る

研究紹介

私たちの研究室名には「素粒子」、「宇宙」、「理論物理」という言葉が入っています。ここでは、これら3つのキーワードを中心に研究する私たちの活動を具体的に説明します。物理の専門的な話はもちろんですが、教員や大学院生の研究生活がどのようなものなのかについても話していこうと思います。

研究の概要

研究ってどういうもの?でも説明しましたが、物理学の研究はおおざっぱに理論物理と実験物理に分けることができます。私たちの研究室では特に理論物理学を研究しています。理論物理学の中でも研究対象は多くあります。例えば宇宙、物性、素粒子などがありますが、私たちは今挙げた3つの分野に関心を持って研究しています。そう言うと走攻守3拍子揃った野球選手のような印象を与えるかもしれませんが、正確にはそうではありません。現在の研究では、これら3分野の一つ一つが広い分野となっています。例えば"宇宙"と言っても、宇宙の大規模構造からブラックホールなど個々の天体、あるいは過去に遡った宇宙の始まりの研究に至るまで幅広いトピックがあります。そのため一人がすべてに精通するということは難しくなっています。そのような状況下で私たちの研究室が目指すのは、いわばチームプレーです。つまり研究室のメンバーそれぞれが各々の興味の元で専門性を高めた研究を行い、互いに交流することで知識を共有しあい、研究室全体として広い領域をカバーする研究をしています。

専門分野

続いて各専門分野についてもう少し具体的に説明します。

素粒子

 素粒子の研究と言うと、日常生活からかけ離れたミクロな世界の研究という印象を持たれるかもしれません。しかし素粒子物理学が目指すことは、誰でも一度は思うであろう素朴な疑問に答えることです。例えば「プラスとマイナスが引き合う目に見えない力って何?」、「世の中、もの (物質) で溢れているけど、そもそも物質は何からできてるの?それらはどこから生まれたの?」など。こういった「え?そんな疑問にも答えがあるの?」と思うような疑問を研究するのが素粒子物理学です。

 素粒子物理学は、量子力学が確立した20世紀半ばから発展した非常に新しい研究分野ですが、驚くべきことにこの数十年の間に、これらの疑問のいくつかに対してすでに明確な答えを与えています。特に20世紀後半では宇宙線観測や地上加速器実験で新粒子が次々と発見され、それを説明する理論模型が提唱され、それをさらに実験で検証する、という理論と実験がまさに両輪となって発展した時代でした。その後も継続的に様々な実験が行われており、特に2012年欧州原子核研究機構(CERN)で行われていた大型ハドロン衝突型加速器(LHC)実験でのヒッグス粒子の発見により、「素粒子標準模型」という理論模型の正しさがついに証明されました。

 その成功の一方で、まだ残された疑問もたくさんあります。例えば、現在では、素粒子の研究が宇宙(特に初期宇宙)と密接な関係を持っていることがわかっており、初期宇宙の観測から明らかになった事実が、素粒子物理学に対して新たな疑問を与えているのです(次の項目参照)。こうした残された様々な疑問への答えを探すのが私たちの研究です。

宇宙

 宇宙の話をするためにまず知らなければいけないのは、宇宙が膨張している、という事実です。宇宙膨張はアインシュタインの一般相対性理論で予言されたことで、20世紀半ばにハッブルによって観測的に証明されました。宇宙が膨張しているということは、過去に遡ればかつて宇宙が小さかったこと、さらには宇宙に始まりがあったことを示唆します。この予測は、20世紀後半から始まった宇宙マイクロ背景放射の観測によって正しいことが確かめられました。これが宇宙というマクロなスケールと素粒子というミクロなスケールを結びつける新たな時代の幕開けとなりました。

 宇宙が過去にミクロな存在であったということは、その時代は素粒子物理学が宇宙の進化を決めていたはずです。つまり、初期宇宙を観測することは、素粒子を支配する物理法則を観測していることになります。そのため現在の素粒子物理学の最先端は、初期宇宙なしでは語れない時代になっています。

 初期宇宙の観測は素粒子物理に大きな課題を提示しています。そのうち代表的なものが、インフレーションの起源、未知の物質:暗黒物質、そして物質・反物質非対称生の問題です。インフレーションは初期宇宙に起こったとされる急激な加速膨張のことで、観測事実は私たちの宇宙でインフレーションが起こったことを強く示唆しています。しかし上で説明した「素粒子標準模型」ではインフレーションを起こすメカニズムを説明できません。暗黒物質の問題も同様です。暗黒物質は自らは光を発しない物質で、いまだ直接観測されていません。が、暗黒物質なしでは現在のような宇宙は出来上がらないことが明らかになってます。この暗黒物質の正体についても、「素粒子標準模型」は何も教えてくれません。最後に物質・反物質の問題です。「素粒子標準模型」は私たちや地球、太陽系や銀河の元になる物質の他にも反物質という物質の存在を予言します。この反物質は地球に降り注ぐ宇宙線に含まれており、実験室で人工的に作ることも可能です。「素粒子標準模型」はこの物質と反物質をあまり大きく区別しません。ですから、「素粒子標準模型」は、宇宙が始まったら物質と反物質はほぼ同じ量作られ、それらは互いに対消滅して星も銀河もない宇宙が出来上がる、と予言してしまいます。今の宇宙になるには、宇宙初期に物質がわずかに反物質よりも多く作られなければならないことまではわかっていますが、なぜそのような状況が実現したのか、まだわかっていません。私たちはこうした疑問を解決することを目標にして研究をしています。

理論物理

 素粒子物理学の分野でよく使われる理論的な道具立ては、場の理論(あるいは、場の量子論)と呼ばれる代物です。まず、「場」と言えば電場や磁場を思い浮かべるかもしれません。そう、時空の各点に何かある感じです。その一つ一つの場を、量子力学でやるように、すべて演算子に昇格させてしまえば、場の理論の出来上がりです。実は、この道具立ては物性物理の分野でもよく使われています。扱う対象のスケールが全然違うのに不思議な感じがしますね。

 このような理論的な道具立てのもとで、既存のハミルトニアンでは説明できない事柄を説明するために、新しいハミルトニアン、新しい場(粒子)、新しい対称性、新しい原理などを探すことが素粒子物理学の課題でもあります。もし、誰かが新しい理論を作ったとしたら、次に行う作業はその理論から何が予言されるかを調べることになります。つまり、実験で測定されるような物理量をその新しい理論を使って計算しなければなりません。しかし、高校物理や大学初年の物理演習の練習問題のように奇麗な形で答えを出せることは稀で、ほとんどの場合は厳密な形で答えを出すことは不可能です。そこで、よく使われる技法が摂動論と呼ばれる近似法です。これは忍耐力があれば机の上でゴリゴリ計算して(パソコンも少し使うけど)答えを出すことが可能です。この方法で計算した結果が実験値を誤差の範囲内で再現できる場合もありますが、これはあくまで近似法なので適応限界があります。 実際、近似法だけでは説明しきれない事象もたくさんあります。そこで、摂動論を超えた「非」摂動的な方法が求められるわけですが、この場の理論の枠組みにおいては、「繰り込み群」と「モンテカルロシミュレーション」という二つの方法論が広く知られています。私たちは、これらの方法論の改良や新手法の開発なども行っています。「繰り込み群」は多変数の微分方程式を解いて様々な理論の相構造を明らかにすることができます。近年では、深層学習と繰り込み群の関係など新しい展開もあります。一方、モンテカルロ法ではスーパーコンピュータなどを駆使して、超高温(数兆度)の世界を再現するなどの研究を行っています。