旅の風景は言葉よりも写真。



 

Tottori Sakyu, Daisen, Shimanami Kaido (日本) 2016.5.2 - 2016.5.5

未開拓の西日本へ。



Santa Monica (アメリカ) 2015.8.23

アメリカに渡ってすぐ、共同研究者のNくんが紹介してくれた懐かしのサンタモニカ、でつい側転。



 

 

Lysefjord, Preikestolen, Geirangerfjord (ノルウェー) 2014.8.5 - 2014.8.11

北欧には行ったことがなかったので、とりあえずどっか北欧へ、ということでフィヨルドを見にノルウェー。



 

 

 

Grand Teton National Park, Yellowstone National Park (アメリカ) 2013.9.11 - 9.15

アメリカを去る直前にバタバタと無計画で。



Lake Powel, Zion National Park (アメリカ) 2013.7.10 - 2013.7.14

小川の中をジャブジャブ歩くというザイオンのトレイルはまさにアメリカ的。



 

 

Zion National Park, Bryce Canyon National Park, Capitol Reef National Park (アメリカ) 2012.12.24 - 2012.12.29

複数回遭難しかけたアメリカでの初めての一人旅。



 

Sedona, Grand Canyon National Park (アメリカ) 2011.11.24 - 2011.11.27

とにかく快晴。



Cappadocia (トルコ) 2011.10.22 - 2011.10.27

初めて気球に乗りました。



 

San Francisco, Kings Canyon National Park, Sequoia National Park (アメリカ) 2011.9.17 - 2011.9.20

ゴールデンゲートブリッジは歩けるという事実を現地で知る。



Death Valley (アメリカ) 2011.1.29

デスバレーへの無計画弾丸日帰り旅行。



Monument Valley (アメリカ) 2010.12.26 - 2010.12.31

この日のモニュメントバレーの夕日は忘れられない。



スケート

大学院博士後期過程のころからとあるきっかけでフィギュアスケートを始めたのですが、結果的に自分の予想を裏切って長続きする趣味になりました。子供は習うより慣れろ、でメキメキ上手くなりますが、成長しきった大人はそうはいきません。どうするかといったら、考えて練習するしかありません。あの動きができないのはなぜか? → できるひとを観察 → 仮説を立てて自分の体で実験 → うまくいかない → 再び観察 → 別な仮説 → ... のくり返しです。いろんな意味でいわゆる痛い人に見えたかもしれませんが、上達が実感できるとうれしいものです。一方、滑っているとアドバイスをくれる人がいて、そのおかげで一発で謎が解ける場合もありました。しかし「こうしなさい」と言われても、その理由を理解しないで言われたままにすることはできないので、自分で理解できない練習はしないです。思うに、誰かにアドバイスしても、それを必要だと本人が認識していなければ、アドバイスは効果を発揮しないと思います。本人が探究した結果、本人がアドバイス求めてきたら、そこでのアドバイスが本物の向上につながるのではないかと。これは研究でも通じるなと思いました。研究は強制されてやるものではないと思います。これがわからない、考えてもわからない、でも気になる、という気持ちが大事なのではないかと思っています。

ちなみにこれはプチ自慢ですが、羽生結弦くんと同じリンクで一緒に滑ったことがあります。あれは僕がD3の終わりの頃です。仙台を離れる直前、アイスリンクに来るのももう最後か、と思いながらリンクに行った時のことでした。リンクに着くと地元のテレビ局らしき人の姿が。その前日、ちょうど地元のニュースで仙台出身の羽生結弦選手がジュニアグランプリで優勝したというニュースを見ていました。立派な選手が出てきたなあと思って見ていたんですが、翌日リンクでテレビ局を見た時は、ああ、ここが彼のホームリンクだと言ってたから、リンクの取材にでも来たのかと思っていました。いつも通り準備運動をしてリンクに入り滑っていると、いきなり目の前にJapanと書かれたジャンパーを着た男の子が現れました。もしや彼かと思ったらそうでした。まじかあと思いつつ滑りを見ていると、思わず見入ってしまうほどの美しい滑り。滑っているというより舞っているという感じでした。それから軽くアクセルジャンプを跳んでいましたが、これもとても綺麗でした。軽く跳んでいてもとても高く、そしてスムーズなランディング。今でも頭に焼き付いています。それをイメージしながらアクセルは練習していますが、あんな綺麗なかたちにはそう簡単にはならないです。さらにアメリカにいた頃には長洲未来さんとも一緒に滑ったことがあります。彼女は小さい女の子のコーチをしていたことが多かったので、自分の練習で滑っている姿は見なかったですが、たまにお手本で見せるジャンプやスピンはやはり見入ってしまいました。こういうのは見ていて綺麗だなと思うし、自分もそういうふうにできればなあと思ってしまいます。

ピッチング

中学、高校と部活とは縁のない時間を過ごしてきました。サッカーやバスケには興味なし。しかし野球は面白いと思って、あくまで趣味レベルでやっていました。それでも、ボールを投げる、というもっとも基本的な動作の一つすら上手にできないという悲しい状態でした。(そのせいで運動そのものに自信をなくしていた部分もあったと思います。)転機となったのはM2の終わり、「僕の野球塾 考える力こそ最強の武器」(工藤公康著)という本との出会いでした。目の覚めるような思いで読みました。人間の肩は、そもそもものを投げるように作られていない、という(僕にとっては)衝撃的な事実から出発し、ではいかにして速い球をコントロール良く投げるのかについて論理的に考える、そのスタイルはまさに僕にぴったりでした。

この本はその後の生活にも大きな影響を与えました。思ったようにからだが動かないときは、何が足りないのかを自分で考えたり、試行錯誤してみて自分で検証したり、そういった作業がごく当たり前のことだと思うようになりました。運動はしばしば、運動神経がいいとか運動神経が鈍い、という言葉で測られたりします。これは、持って生まれた才能が大きく左右し、努力ではどうにもならない、と言った印象を与える言葉です。僕もその言葉に負け、自分は運動神経が鈍いと思って色々なことを諦めていました。しかしこの本当の出会いでその考え方は変わりました。人よりスムーズに上達しなくてもいい、自分のやり方で自分のペースで上手くなっていけばいいじゃないか、と思うようになりました。とは言うものの、なかなか上達が見えないと悲しくなります。それでもやり続けると、小さいながらも新たな発見があります。それが楽しいと思うからやめられないのかもしれません。

英語

英語が好きですか?と聞かれたとすると、今ならばイエスと答えると思います。しかしそれは決して、英語が得意です、という意味ではありません。そもそも英語(というか語学全般)には苦手意識がありました。

中学、高校の頃は英語は受験科目の1つという位置づけでした。日本語の文章を読むことすらあまり得意ではなかったため、英語の文章には苦手意識の方が強かったです。その一方で、高校の頃父の勧めで聴き始めたNHKのラジオ英語講座(当時の「英会話入門」)は面白くて聴いていました。その時は、日本語にはない英語独特の発音が珍しくてかつ面白くて、モノマネ根性で練習していました。英会話入門では、どのように口や舌を動かすと英語っぽく聞こえるのか解説してくれたので、そこそこできるようになって勝手に喜んでいました。また、当時はインターネットというものがぼちぼち普及し始めたくらいの時期で、NASAのホームページを見ながらこれまた喜んでいました。が、やはり受験の影響が強く、英語は点数が全然伸びてくれなかったこともあり、苦手意識の方が強かったです。

大学へ進んでからは、自分の中でうまくいかなかった英語の勉強だけは続けようと思っていました。リベンジ的な気分だったと思います。聴くラジオ番組を増やしたり、図書館でCNNニュースを聴いたり、いろんな方法を試していました。そのうちに自分の英語力はどんなもんなんだろうと思うようになり、大学2年の夏にイギリスへ語学研修(確か4週間ほど)へ行きました。結果としては、僕の英語はかなり使えるレベルになっていました。この調子で勉強していけばよさそうだ感じたのはよく覚えています。

その自信が崩れたのは、大学院へ進んだのち、外国での国際会議で英語で発表した時です。発表そのものは練習でなんとかなったものの、質問が聞き取れない。そして、質問に対して即座に英語で答えられない。そんな状況でした。これには英語の力だけでなく、物理の力不足が影響していたと思います。その頃から徐々に、むしろ大事なのは英語ではなく、話す物理の内容そのものだ、と感じるようになっていました。

自分の英語に対する自信が完全に崩壊したのは、ポスドクになってアメリカへ渡った時です。イギリスへ行った時の記憶があったので、生活面は心配ないだろうと思っていたのですが、これが大間違いでした。生活を一から立ち上げるという作業は、短期滞在とは次元が違っていました。様々な面で失敗し、その都度へこみ、それでも負けずに前に進むしかない、という感じでした。英語が聞き取れないとか話せないとかいう辛さに加え、考え方や文化が違っているせいで、ショックを受けることが多かったです。いわゆるカルチャーショックというやつですが、想像していたレベルを越えていました。落ち着くには結局1年くらいはかかっていたと思います。落ち着く、と言っても英語力が上達した、という意味ではないです。ハプニングにそれほど動じなくなった、とかそんな意味です。(あ、またか、みたいな感じ。)その上で大事だと思ったことは、相手が言っていることを理解したいと思う気持ちと、自分はこれを言いたいんだという気持ちでした。英語はあくまでツールでしかありません。一番大事なのは話したり聞いたりする内容そのものだと思います。しかし相手との意思疎通で誤解を生じさせないためには、ある程度の英語力は必要不可欠だと思います。

上で書いたように、英語と自分の付き合い方はこれまでの間にいろいろと変化してきました。今現在では、英語は相変わらず苦手ではあるけど、相手に誤解を与えたり、相手を誤解するようなことがあっては悲しいから、そんなことが起こらないように英語の勉強をしよう、と思っています。そのほかには、もっと単純に、好きな(英語の)映画を字幕に頼らず観たいとか、まだ知らない英語圏の文化や風習を発見したい、とかそんな動機です。(ここである記憶を思い出しました。カルテクでポスドクをしている時、スティーヴン・ホーキング博士の講演を聴く機会が3度あったのですが、聞き取れないジョークが幾つかありました。これは悲しかったです。その一方で、ホーキング博士の言葉から自分が学んだ物理の言葉が出てくるのを聞いた時は大きな感動を覚えました。)

そんな経験から考えると、英語を学ぶという作業は決して強制されてやるべきではないと思います。中学など、学習初期の段階では強制的な反復練習が必要かと思いますが、それ以降の勉強は、自分で動機を見出して進めるべきだと思います。そうでなければ続かないだろうし、強制的な勉強というのは、英語に限らず、よくないものだと思います。ただその一方で、各自が勉強の動機を見出す手助けはできるはずです。個人的には、母国語とは違う言葉を必死で勉強し、母国と違う国籍の人たちと話すということはとてもエキサイティングなことだと思います。外国と比較した日本、いい面も悪い面も見えてくると思います。(個人的にはいろんな面で日本が素晴らしいと思うことが多かった。例えば食事とか公共交通機関とか宅配システムとか。)そういう話を聞いて面白そうだなと感じるなら、英語はきっと新たな世界を見せてくれると思います。

クラシック音楽

あらかじめ言っておきますが、音楽の素養はゼロです。が、学部2年の夏休みにたまたまなんとなく行った(おそらくよっぽど暇だったんだと思います)バイオリンとピアノのデュオコンサート以来、クラシック音楽が好きになりました。はじめは室内音楽系を好んで聴いていましたが、その後大規模なオーケストラによる交響曲や協奏曲にはまり、そのあとはオペラなどの声楽にはまりました。コンサートはなんやかんやお金がかかるので、CDを買ったり、NHK FMのクラシック番組を聴いたりしていろんなジャンルに触れた、という感じです。(しかしCDもお金がかかることから、NHK FMの番組をMDに録音し、気に入った曲だけ残して編集する、ということをやっていました。その名残のMDが大量にあります。。)ラジオやテレビでクラシック番組を聴いたり見たりしていると、それなりにそこそこクラシック音楽の知識がついてきます。なので音楽の素養がゼロであっても楽しめることは確かだと思います。

クラシック音楽は(僕の場合)はまると一曲だけ何度聴いても飽きない、といったことがわりとあります。モーツァルトのクラリネット協奏曲、ブラームスの交響曲第1番、ベートーヴェンの交響曲第9番、等々。そうすると、例えばいつも聴いている別の音源から同じ曲を聴いた時、いつも聴いているものとの違いがわかるようになります。これはちょっと玄人になった気分で楽しいです。と言っても部分的に違いがわかるだけで指揮者の曲の解釈云々とかそこまではもちろんわからないですが。。お気に入りを挙げるとキリがないですが、作曲家で言えばブラームスになると思います。個々の曲で言えば(上に挙げたもの以外では)、ドヴォルザークのチェロ協奏曲、スメタナのモルダウ「我が祖国」より、エルガーの愛のあいさつ、などなど。(ついでに言えばディズニーオンクラシックとかも。)

アメリカにいた時はKUSCというラジオ局をずっとかけていました。この曲は24時間ずっとクラシック音楽を流していて、すぐにお気に入りになりました。アメリカではしばらくテレビ無しで過ごしていたのですが、このラジオ番組だけで満足でした。ドイツに異動してからはどうしようかと思っていたのですが、ある時KUSCはネットでも聴けることを発見し、ドイツでも結局ずっとこの番組を聴いていました。そして日本に戻ってからも、FMでクラシック番組がやっていない時間帯はだいたい聴いています。